はじまり

えー!!なんでなんでなんでー⁈

なんで、こんなことになったんだー!!

頭の中の自分がそう叫んでいる。

必死だった時間の中から、急に呼び戻されて我に返ってみたら、どえらい事になっていた。そんな感じ?

もう、訳がわからない。

でも、今、この瞬間から、おそらく人生最大のミッションに立ち向かう事は間違いない。

私の心はただただ震えていた。

この日、私は大学の夏休みで地元に帰っていた。家族とのお昼の団らんを終えた午後、昼寝でもしようかと、上京して家を出た後もそのままになっている自分の部屋に入った。ベットに寝転がると、懐かしいような、でも、これが日常のような、不思議とあの頃に戻った感覚になる。高校時代のあの頃。ぼーっと天井を見て、目を瞑って、なにげにふ~っと息を吐いた。

その瞬間、「息を吐くと自然と息を吸う仕組み、我ながら凄いな。」

ある人が言った言葉が頭を過った。「我ながらって、その仕組作ったの大河くんなの?」という私の言葉も過る。その後二人で意識的に呼吸して、吐いたら吸うのか、吸ったら吐くのか、息を止めたあと吐くのと吸うのとどっちが先なのか、なんて、くだらない呼吸論争をしながら大笑いしたことを思い出す。

切ない記憶だけど、ふわっと心が満たされる。汚れてしまった素直さが少しだけ子どもに戻った気がして、少し嬉しくなる。

そんな嬉しさのまま、ベッドの上であの頃を思い出していた。

夕方になって、その大我くんから突然「今から会える?」とLINEが入った。大我たいがくんは高校時代から大学一年の夏まで2年間付き合っていた元カレだ。大学が別々になり、会うことが少なくなって、ちょうど去年の今頃、振られて別れることになった。

その元カレからの呼び出しにドキドキ?ワクワク?ざわざわ?期待と不安と他にも色んな感情をごちゃごちゃさせながら、待ち合わせした家の近くの公園に向かった。

広い公園の入口すぐに、大河くんの後ろ姿を見つける。

「大河くん!」

後ろから少し控えめだけど努めて明るく声を掛けると、これでもかというくらい爽やかでまっすぐな空気ごと振り返った。少しびっくりして緊張した表情の大我くんと一瞬だけ目が合う。まっすぐすぎる瞳が恥ずかしくて、つい、目を逸らしてしまう。

「あ、真友。」

本物の声が耳を通り抜けて心に届く。

どこにでもある公園のどこにでもありそうなベンチに座る。同じベンチ。だけどあの頃とは二人の距離感が違う。近づきたい気持ちと近づけない気持ちの差だけ距離がある。そこには二人の苦い思い出が挟まっている。けれど、大我くんの隣で緊張感がどんどん高まるのを不思議と心地よく感じる。

「久しぶり、元気だった?」

「うん、元気だったよ。」

「…急にごめん。友達から真友がこっちに帰ってきてるって聞いて。」

「うん。」

「…会いたいなあって思って。」

「うん。」

「来てくれてありがとう。」

「うん、いや、私も会えて嬉しいよ。」

「良かった。」

本当は会って話ができて、しかも、会いたいって思ってくれてて、やっほ〜い!!って喜びの舞を踊り狂いたいくらい嬉しいのだけれども。

まだ、どんな話になるかもわからないし、ぬか喜びの可能性もあるわけで。極力、表に嬉しさがはみ出ないように必死にこらえて、ちょっと変なくらいにトーンを抑えた。

一年ぶりに会う大我くんは少しだけ大人になった様な、でも、話すと何も変わっていない私の大好きな大我くんだった。自然と大我くん側が徐々に安心感に包まれる一方で、逆側にはとてつもない爆弾を抱えていることに気づき始めていた。

しばらく、緊張しながら最近何してる?とか家族は元気?とか何気ない話をして、笑いながら二人の思い出話をする程に余裕が出てきたころ、大我くんが「…そうだなぁ」なんて、急に話の文脈とは無関係に自分で勝手に納得する瞬間があった。しばらくして、眼の前にある公園の小石を眺めながら、でも心にまっすぐ届くようにゆっくりした口調で言ってきた。

「真友と離れてみて、やっぱり真友のことが一番大事だって気づいた。勝手だけど。やり直したい。」

「えっ…あっ…うっ…」

びっくりもびっくり。もう、びっくりなんですけどー!!何よりも待ち望んでいたこの言葉。そろそろ表に出しても良いかもしれない喜びをまたもやぐっと飲み込んだせいで、なんだか中途半端な変な反応になってしまった。いや、流石に少々漏れ出していたかもしれない。

私だってもちろんやり直したいに決まっている。一年たっても未練しかなくて、ちょっとしたことがトリガーになって、大我くんとの思い出が頭の中をぐるぐる駆け周るほどに忘れられない。告白された時の嬉し恥ずかしい気持ちも、二人で過ごした楽しくて甘い時間も、ケンカした時の痛々しい思いも、別れを告げられた時の辛さや、その後に味わったとてつもない寂しさも。今でも感情までもを鮮明に思い出せるほどに、自分でも気持ち悪いほどに、細胞ごと全てを好きだと思える存在なのだ。大我くんは。

それなのに、素直にハイと返事出来ないなんて!どういう事だよ!もどかしい。もどかしすぎるよ!もどかしいとは今のこの瞬間のためにあるような言葉。

なんでこんなことになってるんだよ、私!!

何やってんだよ、私!!

って今の状況に100万回ツッコミを入れたい気分だった。

なぜなら…

私には今カレがいるのだ。えー!嘘でしょ!

しかも、7人…!!えっ?はっ?はい?

大我くんからの告白に信じられない気持ちと、ちょっと待ってよ、まだ早いのよ、という思いと、何をどうすればいいか、色んな感情が押し寄せる。こんがらがる。

今カレ達が競い合って必死で崖を登っている、そしてその崖の上には大我くんが立ちはだかっていて、今カレたちを蹴落としている。そんな光景が頭に浮かんでいた。

とてもじゃないけど、冷静ではいられない状況。天にも昇るような気持ちと、地獄に突き落とされたような気持ちが、同時に来た感じ。

こんな事ある?的な。世にも奇妙な物語だよ、全く。theパニック。

きっと何とも言えない表情をしていたのだろう。私の顔を覗き見るように、大我くんが聞いてきた。

「真友は俺の事、もう好きじゃない?」

「いやいや、好きだよ。好きなんだよ。好きに決まってるよ。」

その気持ちだけは隠したくないとばかりに食い気味に言った。

「よかったあ。じゃあ?」

大我くんも安堵の表情で微笑んだ。

頭をフル回転させて考える。

大我くんと寄りを戻したいのは当然、というか、寄りを戻すために今カレたちと付き合っていると言っても過言ではない。

だから、大我くんと付き合うなら、今カレ達と同時進行する訳にはいかないのだ。

大我くんは私にとって今カレたちとは一線を画すほどに特別なのだ。

チャンスだけどピンチ。ピンチだけどチャンス。

こんな言葉を自分に捧げてみる。

とにかく、時間が必要な事だけはわかっている。そして、この無言の間をなんとか取くり繕わなければいけない。

頭の中に少しだけ残った冷静な部分で絞り出した言葉をなんとか外に出す。

「もちろん、やり直したい。でも、ちょっとだけ時間をもらえないかな…。1ヶ月…1ヶ月だけ待って欲しい。」

大我くんは少し困惑したような表情をしている。でも、それ以上に私の困惑顔が大我くんの困惑顔を超えているだろう事は容易に想像できる。ふと「真友の困った顔嫌いじゃないんだよな」という大我くんの言葉が頭に浮かんだ。そういえば、今までに何度か困惑顔を褒められた事がある。私は困惑顔が得意なのかも知れない。

そんな事を考えていた時、

「最初に告白した時もそんな顔してたよな。」

「…そうだったっけ?」

そう言いながら、うん、確かに。心の中で頷く。状況は全く違うけれど、あの時の私も大いに困惑していたのだ。手に入らないだろうと思っていた片思いの大河くんが自分の彼氏になるなんて思ってもいなかったからだ。嬉しい反面、自分に対する自信の無さが困惑として全面に押し出されていた。今は全く別物の困惑だけど…。

大我くんは全て理解したと言う感じで、微笑んでいる。私はそれを見て、さらなる困惑顔を披露してみる。それはもう変顔だったかも知れない。

「なんだよ、それ。でも、そういうところ、好きなんだよな。」

大我くんはそう言って少し恥ずかしそうに笑った。それに釣られ私も笑って、一瞬とてつもなく幸せな時間が流れた。大我くんの笑顔が私の一番の癒しであり、この別れていた一年の間にも頭の中に何度も浮かんで、ずっと励ましてくれて、心の支えになっていた。いつもクールな大我くんの笑顔は世界に一つしかないような笑顔だ。さわやかなんだけど、少し歪んでいてどこか無理をしている様な、そんな笑顔だ。ツンデレ。いつかまた、その笑顔を前に、自信持って真正面からぶつかる事ができる日を夢に見ていたのだ。

それなのに、こんなにも早く、こんなにあっさり、こんな日が来るなんて思いも寄らなかった。一年前の自分と何が変わったのか。それほど変わってないし、まだまだ大我くんと釣り合う自信もまるでない。

確かに自分と向き合ってきた一年間だった。

あんな事やこんな事があり、少しは成長したのかも知れない。見た目に関しても努力したとは思う。

それにしてもどうしてこんな急展開の奇跡が起きたのか、ちょっと聞いてみたくなった。

「でも、どうして急に寄りを戻す事にしてくれたの?」

「んー、なんとなく。」

なんとなくかーい、と心の中でツッコんだ。期待していた甘い言葉は聞けなかったが、そういえば「なんとなく」は大我くんの口ぐせだった事を思い出して、また目と目を合わせて笑った。

その後、1ヶ月の猶予期間を了承してくれた大我くんと別れて帰ってきた。

帰り道はとにかくニヤニヤが止まらなかった。これから先の1ヶ月の事は頭の片隅に追いやり、さっき大我くんが言った「なんとなく」がツンデレな笑顔と共に永遠にループされていた。今日だけは幸せな気持ちに浸りたいと、帰って速攻今カレたちにLINEを送る。

今日は風邪ひいちゃってしんどいから、とりあえず寝ます。

携帯をオフにして、ひたすらニヤニヤしながら幸せに浸っていた。